このごろちょと躁みたい。

いつからだろう

ちょっと躁気味になってきたのは

やはり伊勢神宮に突発的に参拝してきたあたりからだろうか

そのあと二度、関西へ出かけ

美味しいものもいっぱい食べていた

そういえば短歌ができる量も増えてきているのではないだろか

そして最近は衣類への金遣いが荒い

金遣いが荒いと乱暴に書いたが、まさしくそんな感じだ

ジャケット。ジーンズ。運動用の服。

シューズも、ランニングに、日常用。

ちょっと買いすぎである

そして家の改築もどんどん対象を広げていったら

トータルで、全体の予定をどうも上回るらしいと

概算で家族で見積もってみて出てきた

まあ正式な見積もりはまだ出ていないが

春になって、家族も僕もちょっと躁であるらしい

母もサンノゼの弟宅まで、ステイに行っていた

春なのかもしれない

そうたぶん春なのだ

ところが現物の春は、我が家にはまだ訪れていないような気がする

やはり、若い人へのお嫁さんと

継承してゆく、若い世代の誕生が待たれるのであろう

そしてなにより、僕がもっと自立することである

まあまずは現在やっている短歌の実力をもっとつけることだろう

目の前にあるものを、ちゃんとやらないでどうする

そういうことだろう

先日、コラージュを作って、5年後の未来の理想図を描いたのだが

公的なことに関しては、短歌の比重がとても重かったように思う

春なのだから、躁になって勢いばかりでなく

身をともないたいと切に願う、皐月だった。

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文学フリマに行ってきました。

文学フリマに行こう

そう誘われて「弦」を売りに

文学フリマに行ってきました

弦を装丁しているデザイナーの方が

宿の手配などされ

運転もされ

宣伝や、手配などは

文学フリマに行こうよと言いだされた

女性の方がされ

僕はただ車に乗って宿に泊まって

ちょと弦を運んで

東京の方たちとお食事をして

会場で椅子に座って

ちょっとだけ「どうぞーいかがですかー」とか

「手に取ってご覧ください」と少し言い

会場をふらふらと同人誌を見て歩き

うぁーと刺激を受けてきました。

僕ももっと、若い世代の人と積極的に交流できたらいいのに

それにはまずもっと読むことをしなきゃ

アウトプットばかりではなく

他人の作品を読む

これが大事なんじゃないかと、改めて思いました。

それにしても六本木から見る

東京タワーや六本木ヒルズは刺激的だった。

このところ東京には行っていなかったけれど

やっぱり都だなと改めて思いました。

それにフリマにくる人の多さ

やはりマーケットが大きい

自分の本を売りに行ってみてもいいのかなとか

ちょっとおもったけれど

やはり仲間がいたからできたのだし

仲間で行ったから楽しかったのだと痛感しています。

一人旅は楽だけれど

ちょっと限界も感じてきている今日この頃です。

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原発再稼働に想う

大飯原発が再稼働されるようである

まだ決定したわけではないようだが

政府はおおよそその方針であるらしい

原発が稼働されることに、疑問符がついたのは

もちろん東日本大震災での

福島第一原発の事故があったからで、多くの人の意見は一致するだろう

福島第一原発の事故の後には

再生可能エネルギーでの発電が声高に

政府首脳からもいわれていたが

再生可能エネルギーへの依存度を高めるとか

高齢化した原発は廃炉にするとか

今後は原発は最低限の使用に控えるとか

エネルギー政策の指針などもないまま

何故か電力事業者が政府に要請して

政府が安全性を確認するという

ふつうなら逆なんじゃないのかとおもうようなことが行われている

むかし発展途上国に工場などを作るとき

インフラが整備されておらず、電気がすぐに停電するから

あまりあの国に工場を作るのは望ましくないなどと

日本でもよくいわれていたが

電気料金は値上げ

電気は節電を強制的に求められる

ただでさえ産業の空洞化がいわれているのに

電力の安定供給や、エネルギー政策は

国にとって大事なことなのではないか

今後、どのようなエネルギー政策の指針を持つのか

福島第一原発以後のものとして

国民的合意が得られるものを示してから

原発の再稼働はすべきじゃないかと思えてならない

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仕事の順位づけ

仕事をするときには

まずは優先順位の高いものから始末していくだろう

小さい仕事がでてきたら

大きい仕事をしているときに

煩わしいと思えば片付けることもあるだろう

しかし大きい仕事を一つ終えていないのに

次の大きい仕事を始めるというのは、変だと思う

だが野田政権のやっていることを見ると

震災復興という大きな仕事を、投げ出し

消費税増税

つまり財政再建へと、大きい仕事を始めている

がれきの処理はすすまず

地方にまったく丸投げされた感じである

高台移転などについても、政府が主導して

強力に進めている感じはないのである

震災復興という

国民的合意が得られやすい

つまり共通の希望が得やすいものを捨てて

財政規律を求めだすという

わけのわからないことをやっているようにしか見えない

消費税増税で

国民が共通して見られる夢はなんなのだろうか

福祉国家だとしたら

10%程度では済まないはずであるし

野田内閣は財政規律という夢を提示しているだけである

震災復興なら国民が一つになれるのに

そして時限立法で復興増税して

財源を賄うという手もあるのに

震災はおいておいて

消費税増税、財政規律の維持

ちょっと国民的合意が得にくいのではないかと思えてならない

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取扱い注意

いつも恋に落ちるのに

なかなか上手に声がかけられない

へんなことを言って怒らせてしまったり

話題の振り方が悪く

気分を害されてしまったりする

好きと思う相手には緊張して、この傾向が強く出るようです

なんとなく自覚もしているので

話しをしない

これが一番、ボロを出さず、相手を失わない

ベストな方法とでも思っているかのように

好きな子との、会話を避けるようにする

基本的に、女性は取扱い注意なものであると

強く思っているようで

なかなか勇気を出したり、気持ちを軽くしたりができない

実際に、取扱い注意なものなのだろうけれど

意識をすると話しができず

周囲にいる話し易そうな人へと話す傾向があり

これはよくないと解っているが

いつもこのパターンに陥って、好きな人に逃げられている

もともと失礼なところも、どこかにあるので

取扱い注意と思っていることは

相手が、女性であれ男性であれ、必要だとは思っている

なんでこんなに、人づきあいが苦手になったのだろう

発達障害なのだろうか

いや環境の影響だろうと

過去を振り返れば、強く思う

そうばかり嘆いていてもしょうがないので

少しの勇気と、強いこころを持ちたいものだと、つくずく思うこのごろでした

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無理に気を付けよう

料理教室に通っているのですが

ここ最近はほとんど休んだことがありません

ところが今週の料理教室の日

体にというより心に異変がありました

なんとか朝ごはんを食べて、靴下まで履いたのに

布団の中に入ってしまい、そのまま3時ごろまで寝ていました

料理教室の先生から、メッセージが来て

「無理しないでね」と声をかけてもらいました

たぶんこのごろの無理が心の異変に繋がったのだと

僕も冷静に考えれば思います

「攻め」に入ると、どうしてもイケイケで

続かなくなってポッキと折れて

お終いになることが多いです

このごろの無理といえば、母が渡米して

留守宅で父と2人で頑張っていたのが、大きいと思っています

それ以上に、誘われるイベントには

次から次へと参加しています

月2回の歌会

隔月1回の小説の会

月3回の料理教室

月4回のヨガ

このあたりの基礎がこなせなくなってきているのに

さらに焦って無理するのは自分でもどうかと思っています

たぶん無理は焦りから出てきているのでしょう

最近の無理は自分でも無理と解っていてやった無理でした

参加したり行けたりしてよかったことはよかったのだけれど

母が帰国する寸前に

京都旅行に行き

翌日は五箇山へ行っていました

その週のヨガはちょっと調子が悪かったような気もします

とにかく頑張ると

頑張ってしまうのです

我を張るです

わかっているのだけれど、スケジュール管理がなかなかできない

Ipadで管理していたころもあったけれど

せっかく年間の手帳もあるのだし

書き出してみて

あまり無理のないように

自己管理をするべきかなと思いました

明日からも無理なスケジュールで

春の歌会という長い歌会をやったあとに

ホタルイカを見にゆき

また翌日にもスケジュールが入っている

健常者なら働き盛りとしてちょうどいいような感じですが

まだ自分はリハビリ中だということを忘れないと

また痛い目を見るなと自戒しています

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感情を

表情に出やすいとよく指摘をうけるけれど

感情を表す言葉を口で伝えることが

かなり苦手なようだ

いままで「好きです」を言えずに逃がした

女性がいかに多いことか

それはまあそれだが、「ありがとう」「ごめんなさい」とか

これらも感情の意志だと思うのだが

口に出すことが苦手である

最近はヨガを習っていて

おわりに必ず「ありがとうございました」をみんなで言うためか

コメントなど文章ではなんとか「ありがとう」を言えるようになった

しかし口で言うときにはかなり抵抗があるようで

なかなか言えず、自己嫌悪に陥ったりする

比較的「嫌い」は言えるようなのだが

「好き」が言えない

感情を表す言葉「嬉しい」「寂しい」などを

口では言えないから、コミュニケーションに

障害が出てくるような気がして仕方がない

「好き」を言えないばかりに

他のことで婉曲に「好き」を表現しようとする

短歌で表現するということを覚えたから

万能薬のように短歌を使ってしまい

ふだんのコミュニケーションで好意や謝意を

表現しなくなっていると思う

親しい人たちに言わせれば、そのぶん顔にでているそうである

表情のことはまたあらためて書こうと思うが

直接会っているときに、感情を伝えらてないから

気持ちがどんどん内に籠ってゆき

ネガティブな想いを多く持つようになっているのじゃないかと思う

どうすればもっとオープンになれるのか

前から気がついてはいるが放置している

大きな課題だと思う

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4年周期

初めて入院して以来、小さな入院もいくつもあったが、

大きな入院は4年周期に起きている。

18歳 22歳 26歳 32歳 36歳

ちょっと完全に4年ではないし

年齢はだいたいで偶数に合わせてあるが

このような感じで3か月近い入院がある。

3か月とういうと短く思えるが、

回復までには若いころは1年半とか

だんだん歳を取ってくると2年、3年となってきた。

体力的にも回復してきて、いいなと思う頃に、

無理しすぎて、入院していっきに落ち込んでしまうのだ。

このサイクルでゆくと、

今年あたりから入院の危険信号が出てきそうな感じである。

その割にはそれほど体調がいいとは感じていないが、

2008年に入院して退院したころから比べると、

だいぶ良くなってきている。

なにが悪かったのかと思うと、

調子に乗って、病気だということから気を抜き過ぎる、

女性関係を多角化しすぎる、

このに2点はだいたい共通していると思う。

ところで70年代や、80年代は災害が今に比べると少なかったような気がするが、

地球温暖化のためか、水害なども増えたような気がするし、

90年代以降の地球は凶暴なような気がしてならない。

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苦難の22年間

突然病院で拘束されて

記憶もあやふやになり

咀嚼もできなくなったり

手が震えて字が書けなくなったり

そしてその後も生活リズムに苦しみ

ちょっといいなと思えば入院があり

いい感じだなと思って帰郷すれば

さんざん叩かれて追い出され

二度と帰りたくないと思い

帰りたくないのに強制送還され

恋をしても制約があるものばかりで

病気になる前に描いた未来図とは

はるかにかけ離れたどうでもいい現実が前にあり

そのどうでもいい現実さえまともにこなせず

なぜこんな目に合うのだろう

人生は不条理だ

理不尽だとばかり考えてきたが

震災を見ていると

瞬時に暖めてきた未来が不条理に奪われた

死亡者だけで2万人以上の人がいる

年間に自殺する人は日本で3万人だから

理不尽な現実にやるせない思いを抱いている人は

けっこういるじゃないかと思う

夢も希望も奪われて

独房にわけのわからないまま入れれらて

壊された自分の壊れた歩みをみていると

津波が突然襲うような理不尽なことは

日本や世界のいたるところでしょっちゅう起きているのだと思う

そういうわけで、そこまで考えると

暖かい寝床があって

温かい食事が食べれて

不都合は多いが一日一日を過ごしているのだから

文句はないだろうと思う

夢や希望を津波のように奪われても

こうして生きてきているのだから

実際に家族や友人や夢に希望も津波に奪われた人たちも

生きているのだから、がんばってほしいと思う

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マラソン大会に憧れる

富山県でもマラソン大会というのは開催されているようで

10kmや5kmからもエントリーが可能なようだ

そういうことはインターネットからもわかるが

いざ、車はどこに駐車すればいい?

荷物はどこに置いておけばいい?

そういうことは、さっぱりわからない。

県外のマラソンに参加する人もいるようだが

いったいどうやって荷物や、移動などを手配しているのか

よくわからないが、そういうことを自分でしていることも、凄いと思う。

ちょっとマラソンについてお話しする機会があったので

いろいろ疑問点を聞いていたが

時間も短かったから、あまり質問もできなかたかえれど、

いちおう駐車場はありそうだし、

シャトルバスなどもあるし、

荷物を預かってくれるところもあるかもしれない、

そういうことが判明した。

そもそもそういうこと聞くのは

マラソン大会が気持ちよさそうで

そういうところで走ってみたいと思うからだ。

まだ今年は体力が回復しきっていないが

体育館の走り込みの延長に

10kmぐらいのマラソン大会があってもいいじゃないかと

思ったりする今日この頃でした。

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